事業の成否を分ける市場調査の基本
「この事業アイデアには、本当に市場があるのだろうか?」新規事業や資金調達の場面で、誰もがこの問いに直面します。優れた製品やサービスも、それを求める市場が存在しなければ成功はありえません。市場規模と成長性の調査は、事業のポテンシャルを客観的に示し、成功確率を高めるための羅針盤です。
なぜ市場調査が必要か?3つの重要性
市場調査は、単に数字を集める作業ではありません。主に3つの重要な目的があります。第一に、事業アイデアの検証です。そもそも参入する価値のある市場なのかを判断します。第二に、説得力のある事業計画の作成です。投資家や社内を納得させるための客観的な根拠となります。第三に、現実的な目標設定です。市場規模から逆算することで、達成可能な売上目標や戦略を立てることができます。
市場規模を測る絶対指標「TAM(タム)」
TAMは **Total Addressable Market** の略で、ある市場における「全ての需要」を指します。いわば、その市場の理論上の最大サイズです。例えば「日本の飲食市場全体」といった非常に大きな括りになります。TAMを把握することで、その事業が長期的にどれほどのポテンシャルを秘めているのか、その「夢の大きさ」を示すことができます。
アプローチ可能な市場を示す「SAM(サム)・SOM(ソム)」
TAMという大きな市場の中で、自社が現実的にターゲットとする範囲を示すのがSAMとSOMです。
- SAM (Serviceable Available Market): 自社の製品やサービスがアプローチ可能な市場です。TAMの中から、地理的条件やターゲット層で絞り込んだ市場を指します。(例:「東京都内のカフェ市場」)
- SOM (Serviceable Obtainable Market): SAMの中から、競合の存在や自社のリソースを考慮して、実際に獲得を目指せる市場規模です。これが事業初期の具体的な売上目標の根拠となります。(例:「3年以内に獲得を目指す渋谷区のカフェ市場シェア5%」)
【実践編】市場規模・成長性を調査する3つのステップ
市場規模の調査は、大きく分けて3つのステップで進めます。複数の手法を組み合わせることで、分析の精度を高めることができます。
ステップ1:トップダウン調査と前提定義
トップダウン調査は、公的な統計や調査レポートといったマクロなデータから市場の全体像を把握し、そこから自社のターゲット市場を絞り込んでいく手法です。まず初めに「誰の、どんな課題を解決するのか」という事業の前提を定義し、関連する大きな市場データを調査します。e-Stat(政府統計の総合窓口)や経済産業省、各業界団体の公開データが信頼性の高い情報源として無料で活用できます。
ステップ2:ボトムアップ調査とフェルミ推定
ボトムアップ調査は、ミクロな視点から市場規模を積み上げて計算する手法です。基本的な計算式は「潜在的な顧客数 × 顧客単価(年間)」となります。例えば「国内の中小企業数」×「SaaSの年間利用料」といった形です。潜在顧客数などの正確なデータがない場合は、いくつかの仮説を立てて概算する「フェルミ推定」も有効です。トップダウン調査の結果と照らし合わせ、数字の妥当性を検証します。
ステップ3:市場の成長性を分析する方法
現在の規模だけでなく、市場が将来伸びるのかも重要な判断材料です。市場の成長性は、主に2つの視点から分析します。一つは、調査レポートなどで公開されている過去数年間の市場規模データから年平均成長率(CAGR)を参照すること。もう一つは、法改正や技術革新、ライフスタイルの変化といった、市場に影響を与えるマクロなトレンド(PEST分析)を読み解き、将来性を推測することです。
調査結果の活用と具体例
調査で得たデータは、具体的な計算と戦略に落とし込んではじめて価値を持ちます。
【計算例】SaaS事業のTAM・SAM・SOMを算出する
「中小企業向け勤怠管理SaaS」を例に、実際に計算してみましょう。
指標 | 定義 | 計算式 | 市場規模 |
---|---|---|---|
TAM | 日本の全企業向け勤怠管理市場 | 全企業数(約380万社)× 平均年間利用料(10万円) | 3,800億円 |
SAM | ターゲットである中小企業向け市場 | 中小企業数(約160万社)× 平均年間利用料(10万円) | 1,600億円 |
SOM | 3年以内に獲得を目指す市場シェア(3%) | SAM(1,600億円)× 目標シェア(3%) | 48億円 |
調査結果を事業計画に活かすポイント
算出したTAM・SAM・SOMは、事業計画やピッチ資料の根幹をなす重要な要素です。TAMで市場の将来性を示し、SAMでターゲットの妥当性を説明し、SOMで足元の現実的な売上目標を提示します。なぜそのTAMからそのSAMが導き出されるのか、なぜそのSOMが達成可能と言えるのか、その算出根拠を明確に示すことで、計画全体の説得力が格段に向上します。
市場調査で避けるべき3つの注意点
最後に、市場調査で陥りがちな失敗を3つ紹介します。①単一の情報源の鵜呑み:必ず複数の情報源を参照し、情報の偏りをなくしましょう。②希望的観測:自社に都合の良い数字だけを集めるのではなく、客観的な視点を忘れないことが重要です。③一度きりの調査:市場は常に変化します。定期的に調査を見直し、事業計画をアップデートしていく姿勢が求められます。
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